SDHとケアの倫理を学ぶ学習会を宇都宮協立診療所で開催

6月11日、宇都宮協立診療所にて、関口医師を講師に、「SDH(健康の社会的決定要因)とケアの倫理」をテーマとした学習講演が行われました。看護師、医師、事務職員など多職種が参加し、現場でのケアの実践と背景にある構造的課題を重ねて学ぶ、実りある時間となりました。


ケアとは何か? “当たり前”を問い直す

学習会は、アイスブレイクとして「言葉だけで図形を描いてみる」ワークから始まりました。伝える側と受け取る側の間に生まれる微妙なズレや解釈の違いを体感し、「説明することの難しさ」と「伝え方の大切さ」を確認することで、ケアを語る前提としての“対話の力”を意識づけました。

本講義の前半では、「ケアとは何か」について改めて問い直す時間が設けられました。
「子どもを育てる」「病人を看病する」「老いた親を介護する」など、私たちの暮らしの中に自然に存在するケア。しかしそれらは長らく“女性の役割”や“無償の奉仕”として扱われ、社会的評価の低いものとされてきました。

関口医師は、ケアの重要性を以下のように語ります。

「人間が“人間らしく”生きるために必要不可欠な営みがケアです。にもかかわらず、それが社会的に可視化されることなく、当然のように扱われてきた。その『当たり前』を問い直すことがケアの倫理の出発点です」

ケアする側とされる側には、避けがたい“力の非対称性”があり、「支援する立場が逃げる自由を持つ一方で、支援を受ける側はそこに依存せざるを得ない」という現実があります。この構造を認識せずに「対等な関係」を語ることの危うさも指摘されました。


ケアの倫理と正義の倫理―両者の違いと相補性

後半では、「ケアの倫理」と「正義の倫理」の違いについての解説がありました。
正義の倫理が「公平性」「ルール」「普遍性」を重視するのに対し、ケアの倫理は「関係性」「感情」「文脈」「個別性」を尊重する考え方です。たとえば、福祉制度や医療制度は正義の倫理に基づいて設計されますが、現場では制度の“網の目”からこぼれ落ちる個別事例に対し、感情的・倫理的にどう向き合うかが常に問われます。

ケアの倫理は、従来の“自立した個人像”を前提とする正義の倫理が捉えきれなかった「人間の弱さ」や「依存性」に光を当てます。関口医師はこう述べます。

「人は誰もが他者の助けを必要とする存在であり、常に誰かにケアされ、また誰かをケアして生きています。ケアの倫理とは、そうした人間の本質に根差した倫理観です」

この視点は、介護や看護といった現場だけでなく、教育や子育て、日常のあらゆる関係性にも応用できるものだといいます。
また、「ケアの実践者が十分にケアされていなければ、良質なケアは生まれない」という指摘もあり、職場での相互ケアや支援体制のあり方についても議論が広がりました。


SDHとの接続―環境を“見る目”と“乗り越える力”

講義の終盤では、SDH(健康の社会的決定要因)の視点から、患者の行動や選択が“自己責任”ではなく“社会的構造”によって強く影響を受けていることを改めて学びました。

関口医師は、受診間隔が空いてしまう患者や、栄養管理がうまくいかない事例を取り上げ、「背景に貧困・労働条件・教育格差・社会的孤立といった要因がある」と説明。さらに、同じような環境にあっても、幸せを感じながら生きる人と、困難の中に押し潰されそうになる人がいる理由について、こう語ります。

「環境(SDH)が人をつくるのではなく、ケアがその人の生きる力を支える。
つまり、ケアの欠如こそが、人の可能性を奪ってしまうのではないかと感じました」

SDHは“外側から人を見る目”を養う概念であり、ケアの倫理は“内側からその人に寄り添う”視点です。両者を統合して捉えることこそ、私たち医療・福祉従事者に求められる学びの姿勢なのではないか。そんな投げかけで講義は締めくくられました。


感想交流に見る“ケアが息づく職場”

講義の後には、参加者同士の感想共有が行われ、「ケアする側もまた、ケアされる存在であること」への気づきが多く語られました。
「“ありがとう”の一言で救われることがある」「困難な相談を1人で抱え込まず共有できたとき、支えられていると感じた」といった声にあふれ、ケアが人と人の関係性の中で育まれるものであることを実感する機会となりました。

 


ケアを軸に、よりよい職場・地域づくりを

学習会を通じて改めて見えてきたのは、「ケア」が特別な行為ではなく、日常の中に自然に息づいているということです。
「往診から戻った医師に“おかえりなさい”と声をかける」「電話の応対で困ったとき、そっと助け船を出す」―そうした何気ないやり取りが、職場全体に“ケアの文化”を広げています。

参加者からは「この学びを定期的に続けたい」「ケアを中心に据えた制度や社会づくりについても考えたい」といった声も寄せられました。

ケアを通じて誰もが尊重され、支え合える社会をつくるために。今後も、現場から問い、学びを深めていきます。