戦時中の歴史を知り、今と未来の平和と人権を考える – 定期学習会報告
2025年4月30日、栃木民医連は定期学習会を開催し、久保田貢教授(愛知県立大学)を講師にお迎えしました。今回の学習会は、「戦争と憲法、そして民医連綱領〜宇都宮から考える〜」をテーマに、戦時中の加害、被害、抵抗・加担の歴史を多角的に学び、それが現在の平和や人権、そして私たち民医連の活動にいかに深く繋がっているかを考える貴重な機会となりました。
学習会を通して、参加者からは「大いに学べた」「とても勉強になった」といった感想が多く寄せられ、戦争の歴史が私たちの日常や民医連の活動と無関係ではないことを強く実感したという声が多数聞かれました。
戦争の多角的な側面を学ぶ重要性
私たちは歴史の授業などで、日本が空襲や原爆で甚大な被害を受けた「被害者」としての側面を学ぶことが多いかもしれません。しかし、久保田教授のお話からは、日本がアジア諸国に対して加害を行った「加害者」としての側面があったこと、そして国内でも自由や人権が徹底的に弾圧された歴史があったことが詳細に語られました。
日本が行った加害と加担
- 植民地支配と土地収奪:日本は台湾や朝鮮半島を植民地とし、中国東北部(満州)に傀儡国家である満州国を樹立しました。国策として進められた満州への農業移民は、現地の中国人や朝鮮人の土地を安く買い叩き、彼らを追い出すことで行われました。農業移民は、意図せずとも植民地支配に加担していた側面がありました。
- 強制連行と過酷な労働:東南アジアや太平洋地域への侵略を進める中で、連合軍捕虜、中国人、朝鮮人などを強制的に連行・動員し、過酷な条件下での重労働を課しました。ジュネーブ協定を無視した捕虜虐待も行われています。栃木県内でも、足尾銅山で中国人が、藤岡町で朝鮮人が労働を強いられ、亡くなった方々の慰霊碑や追悼碑が存在します。烏山にも軍事工場建設のために強制連行された人々がいたという話が紹介されました。
- 虐殺:南京では、多くの捕虜や市民が日本軍によって殺害されました。講演では、当時の様子を再現したCG映像が上映され、参加者からは「ショックだった」「恐ろしさが伝わってきた」といった声が聞かれました。
- 医療の悪用:満州に設置された731部隊では、細菌兵器開発のために生きた人間を使った人体実験が行われました。これには医学者など医療従事者も加担しており、医療・福祉・介護という専門性が、生命と健康を破壊する側にも転用されうるという恐ろしい歴史を示しています。
日本国内で起きた被害
- 空襲と原爆:全国各地、そして宇都宮でも激しい空襲があり、多くの非戦闘員が犠牲となりました。宇都宮空襲の痕跡は、カトリック松が峰教会や旧枝病院の門柱などに今も残されています。
- 特攻隊:特攻隊員たちは、死を前提とした出撃を強いられました。「本当は音楽の教師になりたかった」「自由のない国は勝てない」と書き残した隊員もおり、彼らの夢や命が戦争によって奪われた悲劇が語られました。
- 満州からの引き揚げ:終戦後、満州などから日本へ引き揚げる人々は、ソ連軍の攻撃や飢餓、病気に苦しみ、多くの命が失われました。参加者の中には、引き揚げ体験を持つ親族から話を聞いたことがある方もいました。
- 学童疎開と命の選別:空襲から子供を守るために行われた学童疎開ですが、実は天皇制を維持するための「次の世代の軍隊の温存」という目的もありました。体の不自由な子どもたちは疎開の対象から外され、時には青酸カリを渡されるなど、命の選別が行われていたという恐ろしい歴史も紹介されました。
人権と自由が徹底的に抵抗し弾圧された時代
- 思想弾圧:戦争反対や自由・平等を唱える人々は、治安維持法などによって憲兵や特別高等警察に逮捕され、拷問や虐待を受け、命を奪われることもありました。たった一言「こんな戦争早くやめればいいのに」と言っただけで拷問されたり、思想を理由に作家の小林多喜二が殺害されたりしました。
- 無産者診療所への弾圧:貧しい人々に無差別・平等の医療を提供しようと設立された無産者診療所も、「戦争反対を言っているのだろう」と弾圧を受け、設立者が逮捕・死亡する事件が起きました。このような困難な時代にも、人々は平等な医療を求め、活動を続けました。
参加者からは、「日本が他国に相当なことをしていた加害者であることを今回知ることができた」「被害のことばかり伝えられてきたが、加害の話はあまりなく複雑だった」といった声や、「戦争は被害者にも加害者にもなってしまうことを再度認識した」「人は状況によって、その時の空気で残虐な事をしてしまう」といった、戦争の本質や人間の危うさに関する感想が聞かれました。
戦争への深い反省から生まれた日本国憲法
久保田教授は、このような悲惨で恐ろしい戦争の歴史への深い反省から日本国憲法が生まれたことを強調されました。
- 平和主義(憲法9条):戦争が始まってしまえば人々は流されてしまう。だからこそ、「小さな歯止めではなく、絶対的な歯止めが必要」であるという高畑勲監督の言葉を引用し、二度と戦争をしないという強い決意が憲法9条に込められていると解説されました。多くの参加者が9条の重要性を再認識し、「憲法があるから平和に暮らせている」と実感しました。
- 基本的人権の尊重(憲法3章):戦時中に自由や権利がないがしろにされ、命の選別まで行われた歴史への反省から、憲法は国民の基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」として保障しました。幸福追求権、平等、自由権(思想、表現、職業選択など)、そして健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権)や教育を受ける権利といった社会権が手厚く規定されています。これらは、貧困が他国への侵略を生み出したことや、権利のない状態で間違った教育によって国民が戦争に駆り出されたことへの反省からも盛り込まれた条項です。
- 憲法は権力者を縛るもの:久保田教授は、憲法は国民ではなく、天皇や国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員といった権力を持つ者(国家)を縛るものである という立憲主義の考え方を説明されました。これは、権力者が暴走し、国民の自由や権利を奪った戦時中の歴史を踏まえればこそ、非常に重要な意味を持つ点です。
参加者からは、「憲法は権力を持つ側の人ということも確認できた」「憲法は平和を語っていることは知っていたが、さまざまな歴史からの教訓になっているのだと知り、改めて歴史を学びたいと思った」といった感想や、「戦争が始まってしまえば流されてしまう!歯止めとして憲法を学ぶ時なんだと思った」という声が聞かれました。
民医連綱領に込められた平和と人権への思い
民医連の綱領には、「平和」「戦争」「憲法」といった言葉が明記されています。これは、単に平和を願うだけでなく、戦時中の悲惨な歴史、特に医療や人権が軽んじられ、むしろ破壊に加担させられたという経験と深く結びついています。
民医連の活動は、戦後の荒廃の中で、無産者診療所の精神を受け継ぎ、「無差別・平等の医療と福祉」を目指して始まりました。これは、戦時中に貧しさや差別のために十分な医療を受けられなかった人々がいたことへの反省から来ています。また、731部隊の歴史からもわかるように、医療や福祉の専門性は、使い方を誤れば生命を破壊する道具ともなり得ます。だからこそ、民医連は綱領に「人類の生命と健康を破壊する一切の戦争政策に反対し、核兵器をなくし平和と環境を守ります」と掲げ、医療・福祉・介護従事者がその専門性を人権と平和のために使うことを強く意識しているのです。
参加者からは、「民医連の綱領につながる平和への道程が分かりやすかった」「民医連の綱領は、無産者診療所の意思を受け継ぎ、未来の日本のため作り上げられていること、そのため、私達は身近で出来ることを必死に行う必要があると強く思った」といった声や、「民医連で働いているから、憲法とか戦争について、ここまで学習する機会があってすごく良かった」といった、民医連という場で歴史と平和について学ぶことの意義を感じる感想が聞かれました。
歴史を知り、未来へつなぐために私たちにできること
今回の学習会は、多くの参加者にとって、過去の歴史が現在の私たちと深く繋がっていることを実感する機会となりました。特に、地元宇都宮や栃木県内にも数多くの戦争の痕跡(空襲、慰霊碑、地下壕など)があることを知り、身近な視点から歴史を考えるきっかけとなったようです。「慰霊碑などを巡ってみたくなった」「宇都宮の場所を再度訪問したい」といった声も聞かれました。
戦争の悲惨さや人権弾圧の恐ろしさを知り、中には「直視するのがつらい」「複雑な感情を持った」という方もいましたが、この歴史を知ることが、二度と同じ過ちを繰り返さないための第一歩であり、「未来に繋げる大切なこと」であるという思いが多くの参加者から聞かれました。
現在の世界情勢や日本の政治・社会の動きを見ても、平和は決して当たり前ではなく、常に危機に瀕していることを痛感させられます。久保田教授は、現在の安倍・岸田政権下で進められてきた軍拡は「とんでもない状況」であり、始まってしまえば流されてしまう戦争を止めるためには、「始まる準備」を止めなければならないと警鐘を鳴らしました。
この現状を変え、平和な未来を築くために、私たち一人ひとりに何ができるのでしょうか。
- 歴史を知り、学び続けること:学校では教わらない加害の歴史も含め、多角的に歴史を学び続けることが重要です。
- 知ったことを伝え、語り合うこと:家族や身近な人に、学んだ歴史や平和の大切さを伝えることの必要性も語られました。戦争体験者の話を聞き、その思いを継承していくことも重要です。
- 平和と人権を守るために行動すること:戦争に加担しない、させないという強い意思を持ち、憲法を守り、軍拡に反対するために、選挙での意思表示 や署名活動、そして地域での平和活動 に積極的に取り組むことの重要性が改めて確認されました。
- 我が事として考えること:戦争や平和の問題を他人事ではなく、自分の問題として捉え、考え、行動する姿勢が大切です。
今回の学習会を通じて、「知る権利」を行使し、日本の歴史の負の側面からも目を背けずに学ぶこと、そして「後世に伝えていく」責任を多くの職員が感じました。そして、このような学習の機会があり、平和や人権を守る活動を共にできる民医連という職場・組織の存在に感謝する声も聞かれました。
平和と人権は、過去の多くの犠牲と不断の努力の上に成り立っています。この歴史を胸に刻み、私たち一人ひとりができることを考え、組織としても力を合わせて、二度と悲惨な戦争を繰り返さない、誰もが等しく尊重される平和な社会を目指して、共に歩んでいきましょう。