「宇都宮協立診療所での学びは、今の医療の土台になっています。」

栃木・宇都宮協立診療所から長崎・上戸町病院へ。川口医師の歩みは、民医連の理念と地域に根ざす医療そのもの。

左から 栃木民医連 事務局長・工藤鉄明、上戸町病院 院長・三宅先生、同院勤務の川口医師。

宇都宮協立診療所時代の経験を活かし、上戸町病院でも「チームで支える医療」に力を注いでいます。

 

今回、久しぶりの再会の中で、お忙しいなかお時間をいただき、ゆっくりお話をうかがうことができました。

宇都宮協立診療所での経験がどのように今の実践につながっているのか、語ってくださった言葉のひとつひとつに、地域医療への確かな想いが込められていました。

宇都宮協立診療所で育まれた“空気感”を、次の地へ

川口医師は、栃木での6年間、研修を含めて地域医療に携わってこられました。そのうちの4年間を宇都宮協立診療所で過ごし、総合診療に従事してきました。診療所ならではの多職種連携、職員同士の垣根の低さ、そして“患者さんを中心としたチーム医療”を大切にしてきたといいます。

「職種間の壁がなくて、誰もが患者さんのことで自然に会話する。事務や看護師の方が『この方、最近元気がないですね』と声をかけてくれる。そんな“あたりまえ”が、実はとてもありがたい環境だったと、今改めて実感しています。」

川口医師は、宇都宮協立診療所での経験を「人と人との距離感」「心理的安全性」という言葉で語ります。

長崎・上戸町病院での新たな挑戦

現在勤務している長崎民医連の上戸町病院でも、川口医師はその“空気感”を少しずつ取り入れようとしています。

たとえば、医局スペースのオープン化や、対話の活性化。そして、職種を超えた雑談のなかから生まれる気づきを、チーム医療へとつなげようとする取り組みなど。

「協立での経験を今の職場に合うかたちにアレンジしながら、“あの雰囲気”を再現できたらと思っています。」

 

そして今、困ったときや迷ったときには、ふと心に浮かぶことがあるといいます。

「武井先生だったら、どう考えるだろう。」

医療者としての判断や、職場づくりのあり方に悩んだとき、栃木で出会った先輩医師の姿勢や言葉が、今の実践を支える道しるべになっているそうです。

民医連としての共通の志があるからこそ

川口医師が上戸町病院を選んだ背景には、「民医連の病院であること」も大きな決め手だったと話します。

「家庭医療や地域包括ケアを重視しながら、生活背景の困難さを抱える方にも手を差し伸べる。そうした姿勢は、民医連ならではの強みだと思います。」

患者さんの暮らしに寄り添う医療を求めて、今もなお現場で模索と実践を重ねている川口医師。

その根底には、「宇都宮協立診療所で学んだ医療のあり方」があります。

栃木と長崎をつなぐ想い

今回、上戸町病院を訪問した際、かつての職場である宇都宮協立診療所を「第2の故郷のようだ」と語ってくれた川口医師。読書会を通じた交流や、今も続くSlackでの連絡など、場所を越えて人とのつながりが続いていることを教えてくれました。

「またいつか、栃木に行ってみたいです。できれば長崎の仲間と一緒に。宇都宮協立診療所での在宅の取り組みや、気になる患者カンファレンスの様子を見てもらいたい。」

その言葉に、地域も職場も越えて、「人を育てる医療」が脈々と受け継がれていることを感じました。

Q&A|川口医師に聞きました

Q1:協立診療所での一番の学びは?

A:多職種の職員同士が、患者さんのことで自然に意見交換できる環境。何かあれば誰かが声をかけてくれる。その空気がありがたかったです。

Q2:上戸町病院で意識していることは?

A:職種を問わず、声をかけ合える雰囲気をつくること。医局の構造を変えたり、カンファレンスを活発にするなど、できることから始めています。

Q3:栃木の職員へのメッセージをどうぞ!

A:「あの頃」が今の医療につながっています。たくさん学ばせていただいた時間でした。いつかまた、ぜひ何らかのかたちでつながれたらうれしいです。

Q4:今後の展望は?

A:長崎での実践を深めつつ、民医連のなかで地域や事業所を越えた交流や学びを広げていけたらと思っています。

上戸町病院の外観。川口医師は、ここを新たな職場に選び、地域医療に取り組んでいます。

上戸町病院近くの、大浦診療所にもお邪魔しました。(路面電車 石橋停留所すぐ近く)

今回の訪問を通して感じたのは、“民医連で育った医師が、また別の土地で民医連の医療を広げていく”という尊さです。川口医師の静かで熱い実践に、私たちも励まされました。